濡れた幻
（ケーユクス＆アルキュオーネー）
トラーキース王ケーユクスとアルキュオーネーは人もうらやむ夫婦仲で、日頃よりヘーラー女神を崇めていた。ある日、ケーユクスは兄弟に不思議な不幸が起き、不安を感じアポローンの神託を伺いに旅立ちを妻に告げた。夫を心から愛し、頼りにしていたアルキュオーネーにとって思いもよらないことであった。涙ながらに引き留めるが、ケーユクスも愛しい妻とのしばしの別れは辛いものの、決心は固く、無事の帰国を約束して船出した。船旅は順調に思われたが、海路半ばにして海は荒れ始め船は暴風雨に見まわれ、やがて逆巻く大波は船を呑み込んだ。ケーユクスは妻の名を叫びながら、海中に消えた。
一方、アルキュオーネーはすでに夫が死んだことも知らず、朝な夕な夫の無事をヘーラー女神に祈っていたが、さすがにヘーラーも一途に祈る彼女を憐れみ、夢の神モルペウスをケーユクスの姿に変身させアルキュオーネーの夢枕に立たせた。海水に濡れた髪は青ざめた面にへばりつき、うったえる悲しみの眼差しに妻は夫の死を悟った。東の空が白みはじめ、急ぎ浜にでるとはるか海上に漂う黒い影を目にすると、それが何であるかを知り、ちゅうちょすることなく海中に飛び込んだ。その瞬間、アルキュオーネーの姿は一羽の鳥となり、さらに漂う影も鳥と化し、一組の夫婦カワセミとなり仲睦まじく波間を飛び交った。二人の一途な夫婦愛を褒め称えたヘーラー女神のせめてもの計らいであった。

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