家が隣り合った若いピュラモスとティスベは愛し合っているが、お互いの親たちは仲が悪く、二人の恋を認めなかった。会うこともままならない二人は、両家の間の石塀に小さな穴を見つけ、その穴を通して恋を語り合っていた。
「ティスベ、僕はもう我慢ができない。こんな町を出て、どこか遠いところで暮らそう」「ピュラモス!私もついて行きます」こうして、私たちは夜になったら町はずれの桑の木の下で落ち合うことを約束しました。夜もふけたころ家を抜け出し、約束の場所に行くと彼はまだ来ていませんでした。すると口を血でぬらしたライオンが近づいて来ます。あわてて逃げましたが、そのとき私は白いベールを落としてしまったのです。ライオンがそのベールに真っ赤な血をつけながら引き裂いているのが月明かりにはっきりと見えました。
恐ろしさで洞窟の中で息を溜めておりました。しかし、ピュラモスのことが気になり、恐る恐る桑の木まで戻りますと、そこには短剣で脇腹を突いたあの人が横たわっているではありませんか。しかもずたずたに引き裂かれた血まみれのベールを抱きしめています。「ピュラモス、いったいどうしたというの」私がライオンに食べられたものと思い込んで、彼は短剣で自分自身を突いてしまったのです。
私もその短剣で胸を突いておそばに参ることにいたします。
ティスベは恋人に覆いかぶさるようにして息たえた。そばの桑の木の実が二人の血しぶきを浴びて赤く染まり、これ以来、桑の木は赤い実をつけるようになった。
千葉政助 画文集 「ギリシア神話 気まぐれな神々 愛と別れと嫉妬と」 |