Vol-5 ギリシア神話

誘惑の章
THE TEMPTATION

 

エウローペー

遙かな浪路
エウローペー

白き牝牛イーオーが
エジプトを終焉の地とさだめ幾年代
その血をひくフェニキア王のエウローペー
この上なき美しさと可愛さを
かのゼウスが見逃すはずもなく 誘惑のくわだて
妻の目を忍びて おのが身を牝牛に変え
海辺の野に花と語らう乙女に近づく
雲のごとく白き牝牛の眼ざしは やけに優しい
娘も 心をゆるし 怖れげもなく近よりて
花冠を角に飾り 愛しげに頬ずりし
艶やかな毛並みを撫で たわむれに背に乗れば
牝牛も嬉しげに目を細め
にわかに牛は娘を背に 海に向けて走りて
しぶきを跳ねあげ 波に飛びこみ 沖へ沖へ
首にしがみ救いを叫ぶも
波間に見え隠れする陸地はかすみゆき
海風にほつれし髪は潮に濡れ 細きうなじにからみ
うすれゆく意識の中に 花びらの散る
クレータの島 岩陰の秘め事に
ヘーラーの目ざとき視線は届かず
不幸の中の幸いか
憎まれることなく 責めもなく

 

 

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