エウローペー
白き牝牛イーオーが エジプトを終焉の地とさだめ幾年代 その血をひくフェニキア王のエウローペー この上なき美しさと可愛さを かのゼウスが見逃すはずもなく 誘惑のくわだて 妻の目を忍びて おのが身を牝牛に変え 海辺の野に花と語らう乙女に近づく 雲のごとく白き牝牛の眼ざしは やけに優しい 娘も 心をゆるし 怖れげもなく近よりて 花冠を角に飾り 愛しげに頬ずりし 艶やかな毛並みを撫で たわむれに背に乗れば 牝牛も嬉しげに目を細め にわかに牛は娘を背に 海に向けて走りて しぶきを跳ねあげ 波に飛びこみ 沖へ沖へ 首にしがみ救いを叫ぶも 波間に見え隠れする陸地はかすみゆき 海風にほつれし髪は潮に濡れ 細きうなじにからみ うすれゆく意識の中に 花びらの散る クレータの島 岩陰の秘め事に ヘーラーの目ざとき視線は届かず 不幸の中の幸いか 憎まれることなく 責めもなく